2021 クセジュ小学部 対談

対談シリーズ

(最終更新日

▶︎ 3つのキーワードの1つ “自己肯定感 ” について

川口:これからの時代をたくましく生きるためには、繰り返しになりますが非認知スキルをいかにして育んでいくのかがテーマになりますね。さて次に「自己肯定感」についてお話ししていきたいと思います。自己肯定感はこれから生きていくうえで何かにチャレンジしたり、大きなプロジェクトを行ったりするときの原動力になります。特に日本人は欧米の子供たちに比べて自己肯定感が低いともいわれますが、そもそも自己肯定感とはどういったものなのかということですが…。

鈴木 : 類義語に自己効力感や有能感という言葉もありますよね。「自分の能力は努力によって伸ばすことができる」という感覚です。その積み重ねによって「良い時も悪い時も自分を肯定的に捉えることができる」、つまり「自分を好きでいること」、「ありのままの自分を受け止めることができること」これこそが自己肯定感だと私は考えます。

柳通 : クセジュ小学部で毎年行っている、1つのテーマについて調べ、発表する成果発表会の時の生徒たちの表情はまさに有能感にあふれているなと感じます。子どもに有能感を持たせるためにはとにかく周りの大人の演出やサポートが重要だと実感しています。外的な動機づけではなく内的な動機づけができるような環境です。

川口:授業や生徒と接する中で自己肯定感を持たせるために意識していることはありますか?

鈴木 : 10年以上クセジュで講師をしていますが、近年の子供たちは、客観的に見たら優れている部分があっても、それを自分でも認めない傾向があると感じます。その背景の1つには地域のつながりの希薄化があると私は思います。

川口:具体的にどういうことでしょう?

鈴木 : 一昔前はある程度地域のつながりがあったので、近所のおばちゃんに「あなたもイイところあるじゃない」などとほめられる機会が多かったと思います。私自身、今でも覚えているのが、小学5年生の頃、私と母が車に乗っており、お隣さんを家まで送って行ったのですが、道中ファストフードで母が私の昼食を購入しました。それを受け取った時に私は「ありがとう」と言ったのですが、お隣さんがそれを見てほめてくれたのです。そこで「お礼を言えるというのは評価されることなんだ…」と思ったのを覚えています。なにげない一言でしたが、私にとってはかなりのインパクトのある出来事でした。

川口:つまり第三者にほめられる機会が減っているという事ですか?

鈴木 : そうです。親や先生だけでなく、色々な人からほめられる機会が減っていることが自己肯定感を持てない原因の1つではないかと思います。私がそうであったように第三者からの些細なことでもよいのでほめられると影響があるはずです。ですから私はなるべく授業に関連するスキル以外でも生徒をほめるようにしています。授業で配られたプリントが一枚足りなかった時、後ろに回してあげて「先生!1枚足りないです!」と申告した生徒には「ありがとう。君は優しいね!!」とか…

柳通 : 確かにそのような一言は自分を肯定的に捉える機会になりますね。日本人は自己肯定感が低いといわれています。協調を重んじる国民性、ゆえに人目を必要以上に気にしてしまう傾向もあるかもしれません。

川口:一方で子どもをほめすぎるのも良くはなく、ほめられることが目的、つまり他者からの評価ばかり気にするようになり、一層おびえながら生きていくことになるのではないかという意見もよくありますよね?

柳通 : そうですね。最終的には他人の評価ではなく、自分自身で動機づけできるようになることが一番です。しかし、その過程として手助けは必要です。「何かにチャレンジする力」、「失敗から学ぶ習慣」、「自分の興味関心を常に広げながら生きる可能性」を信じられることが必要だと思います。 ほめられたことがない子は自分を信じられない傾向も強くなりがちかもしれません。

池村:確かに今まで20年以上もクセジュ講師をしてきて「こんなに素晴らしい力を持っているのに、どうしてこの子はこんなに自信がない様子なのだろう」と思うことはよくあります。

柳通 : 私は「○○さんのそういうところって、本当にすごいと思う」「今日のリボンかわいいし、センスがいい!」など、すごいと思ったことはストレートに口にするタイプなのですが、「力はあるのに自信なさそうな子」ほど、人前でほめられることが恥ずかしいと思う傾向があるように思います。

鈴木 : 極度の恥ずかしがり屋だと、もはや人前でほめられるなんて恥ずかしいを通り越して苦痛だということもあるかもしれませんね。

柳通 : そういう場合は、ほめ方を工夫します。例えば小テストの答案やノートを丸付けで集めた時、作文などの返却の際にメッセージを書き込んで伝えるようにしています。とにかく、「すごいと思ったところを相手にしっかりと言葉で伝える」が私のモットーです。

川口:スタンフォード大学のコーエン教授によるある面白い調査があります。生徒を2つのグループに分け、作文の添削を返却する際に片方のグループには「作文に対するフィードバックとしてコメントを書きました」という付箋をはり、もう片方のグループには「作文にコメントを書いたのはあなたに対して大いに期待しているから、そしてあなたがそれに応えられると思ったからです。」という付箋を貼って生徒に返却しました。そしてそれぞれのコメントに応じて作文の書き直しを自主的に提出する生徒の割合がどのくらいかという実験をしました。

池村:どのような実験結果になったのですか?

川口:高い学力と成績の生徒、つまりもともと自己肯定感を持っている生徒、自己評価が高い生徒が多いクラスはそこまで差はありませんでしたが、自己評価の低いクラス、学力や成績があまり芳しくないクラスでは「高い期待」の付箋が貼られた生徒の中で8割が書き直しを自主的に提出したそうです。

池村:つまり自己評価があまり高くない生徒にとってこの「高い期待」の付箋が1つの原動力になったわけですね。

川口:そうだと思います。そこから自己肯定感につなげていくためにはまだまだいくつものステップがあると思いますが、このようなちょっとした工夫でもモチベーションが高まり、自己肯定感を持てるきっかけになるのではと思います。

鈴木 : このようなきっかけから自己肯定感につなげるにはやはり周りの大人の子供に対する評価の継続性が必要だと思います。

柳通 : 学生時代って、親や先生、周りの大人に短所こそ色々と指摘されることは多いですけど、長所をほめられることってあまりなかったような気がします。新学期に自己紹介をする時に、長所と短所、得意なことなどを言う場面では困りました。いくら考えても延々と自分の短所しか思い浮かばなくて(笑)。しかも長所と短所は言い方次第で、「臨機応変に対応できます!」と言えば長所ですけど、「それって適当ってことでもあったりするよね」と考えてしまって・・・。

池村:確かに考えれば考えるほどどちらにも取れるような気がしてどんどんドツボにはまり、最終的には長所がよくわからなくなることもありますね。

柳通 : ですから長所も短所もはっきりと伝え続けることで、それがイメージ化して子供の中に知らず知らずのうちに浸透していくのではないかなと思います。「ここがあなたのいいところだと私は思う!」と伝え続けることが大切です。

川口:まさにほめるという評価の継続性ですね。池村先生はナチュラルサイエンスという理系教科を教えるにあたって生徒の自己肯定感を育む際に意識していることはありますか。

池村:「間違い」の中にも必ずほめられる部分を探すようにしています。そもそも理系の内容においては、問いに対して明確な答えが存在する場合がほとんどです。だからこそ過程の部分をしっかり見てあげる必要があって、聞いてみるとやはり多くの場合は「やろうとしている方向性は間違っていない」「根本は理解している」のです。掘り起こしてみないとわからないそういう部分をしっかり評価してあげることを心がけています。

川口:これは先ほど話題に上がった粘り強さや弾力性とセットで自己肯定感を育む取り組みと言えそうですね。

池村:良いことだけでは本当の自己肯定感にはつながらないと思います。解けないという理由から生徒は一時的にさじを投げるかもしれませんが、それを乗り越える原動力を与えることが算数や数学では特に必要だと感じます。それこそが間違いの中に存在するほめるポイントの発掘とフィードバックといえるでしょう。

▶︎ 3つのキーワードの1つ「発想力と独創性」について

川口:それでは3つ目のキーワードである「発想力と独創性」についてご意見はありますでしょうか?

鈴木 : 独創性は個性という言い方もできますね。いずれもこれからの社会で最も必要な力である創造力につながるものであり、クセジュとりわけクセジュ小学部が一番重きを置いている力です。

柳通 : この力を養うに最もふさわしい教科がクセジュ小学部のヒューマンサイエンスや国語という教科ではないかと思います。答えが1つに決まらない問いを考える習慣が身につくという点が発想力や独創性につながると思います。

鈴木 : テストは答えが1つに決まる問題になりますよね。そのあたりはヒューマンサイエンスではどう捉えているのですか。

柳通 : 国語の問題は選択式の問題と記述式の問題があります。さらに記述式の問題には客観式の問題と主観式の問題があります。特にテストでは記述式の中の主観を問う問題を多く取り入れています。ただなんでも思ったことを書けばよいというものではなく、作品から得られた知識やバックグラウンドをもとに独自の視点で答えてもらうという問題です。

池村:私もここ数年「創造力」や「独創性と発想力」をいかにして育むのかというテーマの書物をよく目にしますが、思いついたものがなんでも独創性や発想力につながるとは思いません。きちんとした知識を身につけること、それをもとに自分のフィルターを通して出てきたものでないと「その場限りの思い付き」で終わってしまいます。きちんとした根拠や論拠が明確であることが重要であると思います。

川口:何かベースになるものがあってそれをもとに自分の考えを積み重ねていくというプロセスが重要だということですね。

鈴木 : それと合わせて最初は生徒たちの意見を言うハードルを下げてあげることも大事だと思います。独創性や発想力はあらゆる意見や考えを混ぜ合わせた混沌の中から生み出されることも多いです。「意見を否定しないこと」「意見を言ったらほめること」などを通して、とりあえず自分の考えを外に出す力を磨いていくことを私は意識しています。失敗を責めると、「間違いたくない」という気持ちはどんどん膨らんでいき、そもそもチャレンジすることを拒否してしまいます。

川口:思い付きでもよいので生徒に発言させることで独創性につなげるということですか?

鈴木 : ファーストステップは生徒自身が考えていることを自由に発言する、または書いてもらうというところから始めるということです。そのうち周りの意見と自分の意見を相対化して考える習慣が身に付き、さらなる知識欲が湧いてくることもあるでしょう。まだまだ発言すること自体をあまり恥ずかしがらない生徒が多い小学生の時期だからこそ、授業中に積極的に自分の意見を言わせるということは重要だと思います。

池村:その点でいうとナチュラルサイエンスも同じような取り組みはしています。理系の内容で独創性を発揮するというのは相当に高い壁です。しかし、時にものすごい発想をする子が出てきます。そういう場合に共通しているのは、“ 遊び感覚 ”でのめり込んでいたらそこに辿り着いた、ということです。もし我々にできることがあるとしたら、むやみにその芽を摘まないことかなと思います。たとえ稚拙な発想のように思えるものでも笑って肯定してあげる。その延長上に独自の発想というものがあると思うからです。

川口:ヒューマンサイエンスでは発想力や独創性を身につけるにあたり、先生たちはどのような意識で臨んでいますか?

柳通 : 何と言っても作文指導です。少し長めの記述指導から始まって、6年生ではオリジナル小説の執筆なども行うのですが、文を書くということは、究極の創造的活動だと思います。1つ1つの単語を書き綴って、一文、一段落と書いていくことは、新たな道や世界を構築していくことに等しいのではないでしょうか。

川口:だからこそ、「どうやって組み立てていくか?」という過程を楽しめるように、まずは創造することと試してみることに重きを置いているということですね。

柳通 : はい。好きなように自分を試せる環境こそ、独創性や発想力を養う上で最も重要なのではないかなと思います。例えば、料理を作るにしても材料はこれ、レシピはこれ、絶対失敗しちゃいけないという環境で新しい創作料理を開発しろと言われても厳しいです。

川口:とはいえ、クセジュに入塾したばかりの子の場合は「やってみようよ!」「自由にしていいよ!」と言われると、最初は何をどうしていいかわからず…という子が多いのも実情ですよね?

柳通 : そうですね。ただ何度か経験するうちにどうするか自分で考えられるようになって行きます。そういったことからも、やはりまずは安心して自分を試せる場が必要なのではないかと思います。

川口:作文指導以外にも何か特徴的なことはありますか?

柳通 : 先ほど話題に上がった主観式記述問題の答案作成指導についても、ヒューマンサイエンスでは「模範解答に寄せて決まった型にはまるように書く」というよりも、その子自身が考えたことをどうブラッシュアップして美しい文章にするかという指導に力を入れています

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