我孫子教室 20周年記念対談

【なぜ我孫子にクセジュを開講したのか?】
松岡 : そもそも、なんで我孫子教室を開校しようと思ったのですか。
鈴木 : 当時、私は開校時から柏教室の責任者をしていました。最初は15人からスタートして、柏教室を「100人にするぞ! (カシヒャクの誓い)」というスローガンのもと、順調に成長していました。
その中で、新松戸エリアや我孫子エリアの生徒も柏教室に通い始めるようになりました。
松岡 : 我孫子エリアというと、我孫子中、久寺家中、白山中あたりですか。
鈴木 : そうそう。その中でも特に、ある生徒(K君)のことで衝撃を受けましたね。
彼は当時我孫子中に通っていて、おそらく天王台の駅から柏教室に来ていたので、少し大変そうでした。
松岡 : どんな衝撃を受けたのですか。
鈴木 : 今現在もそうですが、学校の定期テストが我孫子エリアでは「到達度テスト」と呼ばれていて、そのテストの問題がとにかくすごかったんです。
社会のテストは先生が100問のプリントを用意して、そこから全部出したり、他の教科も過去問と全く同じ問題が出たりと・・・。
【目先の点数だけを追うことの危うさ~忘れもしない我孫子エリアの衝撃の実態~】
松岡 : いわゆる過去問ストックをしている定期テスト対策用の補習塾が、天王台駅周辺に乱立していた時代ですね。
鈴木 : 特に内申の評価が相対評価から絶対評価に変わった時期でしたので、テストで高得点を取ると簡単に5がもらえる。皆、目の色を変えて到達度テストの準備をしていたわけです。
当然、塾は対策プリントを何度もやらせるという手法でサポートしていました。
松岡 : 塾は楽だったでしょうね。
鈴木 : とにかく塾の評判を手っ取り早く上げるためには、学校の成績を上げることですからね。ただ、そういう目先に走ると、長い目で見たら生徒自身のためには絶対にならない。
とくに問題なのは『勉強=覚えること』というイメージがこびりついてしまい、それが大人になっても簡単に拭い去ることが出来なくなるのです。
松岡 : ところで、その気になる生徒にいったい何が起こったのですか。
鈴木 : 彼はただの丸暗記を苦手にしていました。そして、同級生が陥っているそういうテスト対策に嫌気がさしていました。
結局彼なりに勉強して5教科で460点近く取り、この点数は柏エリアでは学年10番以内、いや5番以内に入るレベルだったのです。
松岡 : 丸暗記ではなく根本理解で460点は素晴らしいですね。
鈴木 : しかしながら、いざ順位が出ると25番から30番くらいなんです。そして彼に「1位の人はどれくらい取っているの?」と聞くと、「たしか498点!」と少しあきれた感じで答えていました。
また、彼のお母様から成績についてご相談をよく受けましたが、その時に「しっかり理解しての460点は素晴らしいです。
周りに惑わされず、彼のペースを尊重していきましょう」と伝え続けたのを覚えていますね。
【地域に本質的な学びを根づかせる】
松岡 : お母さんも心配でしょうね。それでもクセジュを信じてお子様を通わせてくれたのですね。
鈴木 : お母様はとにかくクセジュの方針、特に背景を深く掘り下げることによって育まれる知的関心の涵養という指導にものすごく感銘を受けてくれており、自分の子どもに合うのではないかという思いでクセジュに入れてくれたのです。
実際、まさにその思いの通りで、彼は特に理系教科が大好きで、実験やディベート、さらにはテーマ学習などで目を輝かせながら積極的に学習してくれました。
松岡 : 最終的に彼はどういう進路を歩んだのですか。
鈴木 : 受験では連戦連勝、当時高校入試も行っていた東邦大東邦に合格した後、一番行きたかった県立船橋高校に進学しました。
松岡 : それはハッピーエンドですね。
鈴木 : 彼にとっては良い受験でしたし、その後の大学や社会人になった後の進路もとても輝かしいものでした。しかしながら、我孫子中学はそうはいかなかった……。
松岡 : それは一体どういうことですか。
鈴木 : 彼の母から進路の資料などをいただいていろいろお話を聞いたのですが、千葉県の県立トップ校である東葛飾や県立船橋には、合計5人くらいしか合格できなかったそうです。
松岡 : 我孫子中学は人数も多いですよね。
鈴木 : そうそう。彼の代は380人くらいいたと思います。そして学年10番以内の常連の生徒の中には最終的に県立柏南、柏中央に志望校を下げた人も数名いたと聞きました。
松岡 : 学年10番以内の生徒が何人も志望校を下げるということは、由々しき事態ですね。
鈴木 : ちょうど千葉県の公立入試の問題も、知識偏重型から思考力重視型に変わってきていたので。にもかかわらず、ただ暗記だけで知識を身につけた生徒にとっては対応できなかったのではないかなと思います。
クセジュもちょうど入試傾向が思考力型に変わってから、東葛飾高校をはじめとする難関校の合格者が一気に増えました。
松岡 : 県立船橋に合格した彼も、クセジュの教育システムが合っていたということですね。
鈴木 : そうですね。目先の成績アップに惑わされず、彼が一番合っている環境を選んだお母様の功績も大きいと思います。
一方で、目先の成績をアップさせることだけを標榜する塾には、教育機関としての責任は重大だと思います。
繰り返しになりますが、教育ポリシーを持たずに、ただ目先の成績だけを上げるということは、長い目で見ると絶対に生徒のためにはならない。むしろ悪影響を与えてしまうのです。
中学生の頃に染みついた勉強に対するイメージは大人になっても大きな影響力を与えます。
松岡 : つまり先生が『勉強とは覚えること』というイメージを生徒に植え付けてしまうと、生徒が大人になって勉強をしなくなるということですね。
鈴木 : まさに仰る通りです!ここが一番の問題だと私は思います。
このような経緯もあり、我孫子エリアの学力低下を阻止して、クセジュ教育を浸透させなければならないという教育者としての熱い思いを創業者の菅野淳一とともに掲げ、我孫子に教室を開校する運びとなったわけです。
松岡 : 我孫子エリアの教育レベルを何とかしなければならないという熱い思い。あらためて再確認できてよかったです。
❸ 我孫子教室のこれから、そしてクセジュの未来について
【変わらない温かさ、広がる学び】
松岡 : 鈴木先生。久しぶりに我孫子教室に復帰しましたね。たしか10年以上前の我孫子教室で教室責任者をやられていたと思いますが、久しぶりに入っての印象はどうですか。
鈴木 : とにかく保護者の方々が温かいという印象は全く変わりません。柏教室の責任者から我孫子教室の責任者になって最初に感じたのは、保護者の方々の距離が近いということです。
これは悪い意味ではなく、気さくに話しかけてくれるので本音で親とお話ができます。その印象は、今回入ってみても全く変わりませんね。
松岡 : 生徒の印象はどうですか。
鈴木 : 当時と比べると、良い子がめちゃくちゃ増えた印象があります。まだ私のことを警戒して猫をかぶっているだけかもしれませんが。
当時は各学年、やんちゃな生徒が必ずいて、よく叱っていましたが、今はそういう生徒は全くいませんね。
松岡 : それはそれで指導者として少し寂しくないですか。
鈴木 : 多少は……(笑)。ただ私ももう若くはないので、エネルギーを注ぐ方向を教養レベルに持っていけるのはうれしいです。
先日、英語の授業なのに脱線して、キリスト教やユダヤ教の歴史の話、さらにはパキスタンとインドの歴史などをお話して、今ニュースで報道されている出来事の背景を考察する時間を作ったのですが、その時の子どもたちの目の輝きはまさにクセジュそのものでした。
松岡 : まあ、生徒たちも思春期を迎える中で、いろいろな問題も出てくると思いますが、それ自体を彼らの成長のきっかけとして楽しみたいですね。
鈴木 : まさにその通りです。子どもたちの思春期は、中年以降の大人の思秋期とぶつかります。
思秋期は最近中年の危機と言われ、自分の第二の人生を真剣に考える重要な時期です。生徒の成長だけでなく、我々も成長したいですね。
【クセジュ我孫子教室をquestionから始まるquestへ導く】
鈴木 : ところで松岡先生、そろそろ最後になりますが、クセジュ講師としてこの我孫子教室という学び舎の中で、どういう教育をしていきたいですか。
松岡 : 私は、この我孫子教室を、単に点数を上げるためだけの場所にはしたくありません。
もちろん受験や成績は大事です。ただ、それだけで終わる学びではなく、繰り返しになりますが、子どもたちが世界や社会や自分自身をより深く見つめ、自分の言葉で考え、表現できるようになるための学びを育てていきたいと思っています。
つまり、何かを知って終わるのではなく、そこから問いが生まれ、その問いを持ってさらに学びが広がっていく。そういう意味で、我孫子教室を「questionから始まるquest」が生まれる場にしていきたいですね。
また、生徒だけでなく、保護者の皆様や講師陣も含めて、ここに集う一人ひとりがともに学び、少しずつ自分を更新していける教室にしたいとも思っています。
20周年という節目を迎えた今、我孫子教室が地域におけるひとつの豊かな知の拠点になれるよう、丁寧に教育を積み重ねていきたいです。
鈴木 : 熱い思いが聞けて良かったです。私自身も、松岡先生が気持ちよく教育活動ができるようにしっかりサポートしていきます。
松岡 : ありがとうございます。20周年という節目を迎えるにあたり、我孫子教室を一緒に盛り上げていきましょう。
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