社員インタビュー#4 濱中 志門

私に何ができるのか、その答えは自分の通っている塾にあった

大学生になったとき、私は初めて「自分が社会に出て、できることは何なのか」を本気で考えるようになりました。最初は飲食店でアルバイトをしていたものの、はたしてそれは自分にしかできない仕事なのだろうかという違和感は日々大きくなっていきました。

そんなとき、ふと中学生のときに通っていたクセジュのことを思い出しました。

クセジュの授業は普通の学習塾とは違っていて、先生と生徒が一緒になり、真剣に学びを楽しむことが中心に置かれていました。例えば、学年の生徒全員でおこなったディベート大会をいまでもよく覚えています。そのときは2週間以上かけてテーマに対する資料を調べあげ、自分なりの持論を練ったものでした。その経験のおかげか、高校でも大学でも発表に困ることはありませんでした。

考えるほどに自分の原点はこうした中学生時代の経験にあるように思い、やがてそれを後輩=次の世代の子どもたちにも感じて欲しいと思うようになりました。

そして、アルバイト講師として教え始めたのが、この職場で働くことになったきっかけです。

働いてみてはじめてわかった、クセジュの先生の大変さと楽しさ

実際に講師の仕事をしてわかったことは、授業をおこなうために当時の先生たちがどれだけの汗を流していたかということです。クセジュで授業をするには、自分が持っている武器だけで勝負するというわけにはいきません。扱う分野についての知識は勉強しなおし、面白いエピソードを探し、伝える技術を磨かなければなりません。生徒たちと一緒に自分も成長していかなければならないのです。

もうひとつわかったのは、先生としてクセジュで授業をするのは生徒としてそれを受ける以上に面白いということです。自分の考えてきた問題を生徒たちが一生懸命に考え、その成長を同じ空間で共有する。これはそう味わうことのできない、魅力的な時間です。こんなに楽しいことを隠していたなんて、「ずるいぞ、先生たち。」なのです。

勉強は遊びである。を体現できる職場

私は小中学生の国語と社会を担当していますが、授業では「答えがない」と言えるような問題を扱うことが少なくありません。例えば小説の解釈をめぐって徹底的に話し合うこともありますし、実際にいま起こっている問題をテーマにして解決策を考えてみることもあります。
そうしたときには、私は面白い「遊び」を用意します。「遊び」というのは、生徒たちが自分から参加して、自分から頭をフル回転させるための仕掛けやルールのようなもの。以前には世界史の主な出来事をカードゲームにまとめて、それを遊ぶことで世界史の流れを学べるようにしたこともありました。
こうした「遊び」が生徒たちの好奇心に火を付け、私も生徒自身も思わぬ形で才能や成長が現れるとき、大きな達成感を感じます。

先生も「現役の生徒」として生徒と一緒に学べる環境が魅力

生徒たちと一緒に、自分も学び成長していくことができるところがこの仕事の魅力です。授業で扱う教材を研究するだけでも、実に多彩な分野と教養に触れることができる。そういう学習塾はクセジュだけだと思います。
自分自身もまた生徒と一緒に勉強をし続ける、生徒たちからの刺激を受け、いつまでも新鮮な興味と驚きと創意工夫を保つことができる。そうした「現役感覚」のあるところが、私がこの仕事を好きな理由かもしれません。

生徒の目線に立つことが、自分の成長におおきく影響した

自分の成長を実感しやすいのがこの職場の特徴かもしれません。子どもたちは正直で、面白い授業には目を輝かせるし、つまらない授業ではとたんに退屈そうになります。反応がすぐに返ってくるので、段々と手ごたえを感じるようになり、生徒たちの反応が良くなってくるとさらに次の授業へのやる気が湧いてきます。

この仕事を始めたとき、私は授業も指導も下手で、生徒たちからの評価も決して高くはありませんでした。授業後の時間でしたためていた分析ノートには、授業の分析といっしょに悔しい気持ちを書いていたことを覚えています。その積み重ねのおかげで「相手の目線で」面白いのか、役に立つのかを考える習慣がついたと感じています。

○ 私の元気の源はコレ! ・生徒たちがふと見せる頑張りや成長、そして笑顔…・生徒から貰った「人生で大事なことはすべてクセジュの授業で教わったように思います」という手紙。